更生教会のブログ

〒165-0033 東京都中野区若宮 2-1-15 Tel. 03-3330-2054  Fax. 03-3330-2064

明日18日は礼拝の日です

「まん延防止等重点措置」が20日から
埼玉、神奈川、千葉、愛知にも適用されることになりました。
ワクチンの早期接種が待ち望まれます。
教会では対面礼拝を続けますが、礼拝のライブ配信もしておりますので
ご事情に合わせて教会で、ご家庭で、施設や病院で
共に礼拝いたしましょう。
○ひかりのこ(こどもプログラム)
幼小科  午前9時~10時10分 2階集会室
ユース 午前10時~10時20分 1階ホール

○礼拝
10時半~11時半
礼拝堂
<神の招き、罪の赦し>
前奏
招詞 イザヤ43:2-3a
<感謝と賛美>
さんびか 148
祈り
<神のことばに聴く>
さんびか 514
本年聖句 詩篇46:10
聖書 ルカによる福音書8:22-25
説教「嵐の中で眠る主イエス」
         山口紀子牧師
<感謝と応答>
聖歌 472
献金
主の祈り
<祝福と派遣>
頌栄 541
祝福
後奏
<主にある交わり>
報告

○青年祈祷会 礼拝後

○墓前礼拝 午後2時~2時半
所沢聖地霊園内、更生教会墓地前

2021年4月11日礼拝メッセージ(山本修一師)

4月11日()の礼拝メッセージ断片ルカ24:13-35

『エマオからエルサレムへ』 山本修一牧師

 

その日の午後、絶望と悲しみ、傷心の思いをもって、とぼとぼとエマオへ帰る二人の弟子がいました。この情景は、罪と死を負って暗い人生を歩む、私たちの人生の縮図そのもののようです。

  しかし主イエスは、二人を放っておかれることなく、ご自身の方から近づき、一緒に歩き、聖書を説きあかし、「心が燃える」恵みを与えられたのです。

 残念ながら私たちは、主が近づき語りかけられても、気がつかないことがあります。むしろこれが私たちの現実なのです。二人の弟子と同じように「目がさえぎられて」(16)いるからです。

 「目がさえぎられて」には二つの意味があります。第1は信仰者ではあっても、キリストとの個人的な関わりがなくなった(失われた)状態にあること。第2はキリストに対する理解が、偏見、誤解、そして思い込みに満ちているため、キリストの人格を正しくとらえていないことです。私たちも、キリストとの関係が空虚、希薄になったり、あるいはみ言葉に対する思いこみ、偏見、先入観などから、霊的な「目がさえぎられて」いることはないでしょうか。

 「エマオへの道」は、イエスさまを見失い、希望を失い、命から死に向かう道でした。逆に「エルサレムへの道」は、イエスの復活を確信し、死から命へ、絶望から希望へ向かう道でした。キリストの復活は、私たちの人生を方向転換させます。今、お互いに、確信と希望と喜びをもってエルサレムに向かって歩みましょう。

 

4月の予定

4月12日より、中野区はまん延防止等重点措置が適用されようとしています。

教会では対面礼拝を続けますが、それぞれのご事情にあわせて、
来会はより慎重にご判断ください。

○4月18日(日)午後2時~墓前礼拝(所沢聖地霊園)
         *このような状況ですので、例年のような食事や、車の
          乗り合わせはいたしません。霊園からも、15名程度までと
          いわれていますので、現地集合できる方のみでおささげいたします。
          ご無理はなさらず、むしろどうぞお祈りください。
○4月25日(日)礼拝後 定期教会総会(更生教会教会員のみ)
        *礼拝後に昼食は摂らず、すぐに開催いたします。
         議案書はお読みいただいてご参加ください。報告時間を短縮して
         短時間で開催したいと思います。      
        *対面での総会を開きますが、議決権行使書による議決権行使を
         可といたします。コロナ禍にありますので、総会のために無理に
         来会しようとせず、議決権行使書をお使いください。議案書と共に
         送付いたします。
         


明日11日は礼拝の日です(説教者:山本修一師)

今週は桜もすっかり葉桜となりました。
気温の低い日もあり、体調管理がむずかしい1週間でしたね。
コロナ感染者の増加が心配ですが、
教会では対面礼拝をつづけます。
敬老者や基礎疾患をおもちの方、電車バスを使われる方など
ご事情に応じて、来会は慎重にご判断ください。
家庭や施設、病院で礼拝される方々の上にも
主の同じ祝福があることを信じ祈ります。
明日の礼拝プログラムは以下の通りです。

○ひかりのこ(こどもプログラム)
幼小科  午前9時~10時10分 2階集会室
ユース 午前10時~10時20分 1階ホール

○礼拝
10時半~11時半
礼拝堂
<神の招き、罪の赦し>
前奏
招詞 エペソ5:14b
<感謝と賛美>
さんびか 152
祈り
<神のことばに聴く>
さんびか 496
本年聖句 詩篇46:10
聖書 ルカによる福音書24:13-35
説教「エマオからエルサレムへ」
      山本修一牧師
<感謝と応答>
聖歌 529
献金
主の祈り
<祝福と派遣>
頌栄 541
祝福
後奏
<主にある交わり>
報告

2021年4月4日イースターメッセージ

4月4日()の礼拝メッセージ断片マルコ16:1-8

『石はすでにころがしてあった』 山口紀子牧師

 

女性たちの心配は、墓の入口をふさぐ「石」でした。ところが行ってみると、すでに石は転がしてあったのです。

「石」とは何でしょうか。自分では動かしがたい環境や試練ともいえます。その場合、石は人それぞれです。では全人類に共通する、決して動かせない「石」は何でしょう。それは「死」です。

女性たちは外側から石が取りのけられていることを喜びました。しかし実は、内側から見て喜ばなければならなかったのです。なぜならば、私たちこそ墓の中にいる存在だからです。死の世界、罪の世界に閉じ込められているのです。ところがこの朝、その壁が破られました。もはや死は決定的なものではありません。

イースター、それは疑うべき日なのです。古来、教会に伝わる言葉に「復活祭の疑い」という言葉があるそうです。キリストの復活を疑うのではありません、死の力を疑うのです。人は誰でも死にます。この厳然たる事実を、主イエスの復活を知った者は疑い始める。死は動かしがたい石ではない。すでに石は転がしてあるのです。死で終わらない。後に復活が約束されているのです。