更生教会のブログ

Archive: 2020年07月  1/1

7月26日からの礼拝のささげ方についてのお願い

更生教会に連なる敬愛する兄弟姉妹の皆様へ        2020年7月21日                               日本キリスト教団更生教会役員会 牧師 山口紀子                               「そればかりでなく、苦難をも誇りとしています。苦難が忍耐を生み、忍耐が品格を、品格が希望を生むことを知っているからです。この希望が失望に終わるこ...

  • 0
  • -

2020年7月19日礼拝メッセージ

7月19日(日)の礼拝メッセージ断片 ルカ4:31-37 『主イエスに「黙れ」と言われたい』山口紀子牧師    主イエスの権威はその教えに、そのわざに(悪霊を追い出し、病気をいやす)顕されました。ルカはここでこの3つのエピソードを立て続けに記録することで、主イエスがキリストであること、その神の子の権威を私たちに伝えます。  1・教え。当時のラビたちがやたらと他人の言葉を引用して語ったのに...

  • 0
  • -

明日19日は礼拝の日です

東京をはじめ、感染者の急増がとまりません。梅雨前線の停滞で被災地の復旧もままならない中、明日は日曜日。礼拝の日です。共に聖書の言葉に聞き、静まり、共に祈りませんか?コロナ収束のため、被災地のため、祈りをあわせます。教会では検温や消毒、マスク、距離をとるなど対策をとりながら礼拝をささげています。明日のプログラムは以下のとおりです。◎ひかりのこ(幼小科のみ)午前9時~10時10分2階集会室◎礼拝午前10...

  • 0
  • -

2020年7月12日礼拝メッセージ

7月12日(日)の礼拝メッセージ断片 ルカ4:14-30 『「知っている」気になっていませんか?』山口紀子牧師    主イエスは聖霊に満たされてガリラヤ地方へ帰ると、諸会堂で教え始められました。故郷ナザレでも、安息日に「いつものように」会堂に入ります。  いつものようにいつものことをする。眠る、食べる…それを私たちは意識せず習慣としています。それが私たちのいのちを守ります。クリスチャンの...

  • 0
  • -

7月12日は礼拝の日です

今週、東京では感染者数が急増し続けています。また「令和2年7月豪雨」と名付けられた豪雨は梅雨前線の停滞により、まだこれからも降り続くことが予想されています。どうか、これ以上の被害が出ませんように。すでに多くのいのちが失われ、今も途方に暮れている多くの方々がおられます。コロナも心配されます。主のあわれみと、目に見える必要な助けが届きますように。そのために私たちができることは何かを祈っています。12日...

  • 0
  • -

2020年7月5日礼拝メッセージ

7月5日(日)の礼拝メッセージ断片 ルカ4:1-13 『誘惑された時の武器』山口紀子牧師    主イエスは荒野で悪魔の試みにあわれました。それは「神の子」である主イエスが「神のしもべ」としての従順を貫くか否かを試すものでした。  悪魔(ディアボロス)とは訴え、神と人とを引き離し切り離そうとする存在です。主イエスに対しても誘惑を仕掛けます。ただ、人は石をパンにかえられません。ですからこれは...

  • 0
  • -

明日5日は礼拝の日です

熊本、鹿児島の豪雨で大きな被害が出ています。今、必要な助けが届きますよういのちが助けられますよう祈ります。東京は今週コロナ感染者数が急増しています。主よあわれんで下さい。明日は礼拝の日。教会では予防をしながら礼拝を再開しています。明日のプログラムです。◎ひかりのこ(幼小科のみ。中高科は10時半からの礼拝にご出席ください)午前9時~10時10分 2階集会室◎礼拝午前10時半~11時半 礼拝堂招詞 詩篇...

  • 0
  • -

2020年6月28日礼拝メッセージ

6月28日(日)の礼拝メッセージ断片 創世記41:1-14,46-52 『悩みの地で神はあなたを祝福する』山口紀子牧師   41:1は直訳すると「満2年の日々が全て終わり」。神がヨセフを整えるためにはさらに2年を必要としたという含みが読み取れます。時満ちて、ヨセフはファラオが見た夢を解き明かしました。それは7年の豊作後にそれを忘れさせる程の飢饉が7年やってくるというもの。ファラオはその場でヨセフをNo...

  • 0
  • -

2020年6月21日礼拝メッセージ

6月21日(日)の礼拝メッセージ断片 詩編84編 『嘆きの谷を泉に変える』 山口紀子牧師   コロナで家庭礼拝を余儀なくされた私たちは礼拝を慕い求めました。78年前、国家により治安維持法違反の疑いで一斉検挙された牧師たち、ご家族、その後解散命令を受けた教会もそうです。自由に教会に集い、礼拝をささげられるのは当たり前の事ではありませんでした。 この詩人も熱烈に神と礼拝の場を慕い求めています...

  • 0
  • -