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2017年5月7日礼拝メッセージ

5月7日(日)の礼拝メッセージ断片 



『復活を誤解していませんか』

           マタイ22:23-33



              山口紀子牧師



 それは議論のために設定された架空の

質問でした。そこにはひとりの女性が

七人の夫と死別することへの痛みや、

家系断絶の心配など微塵も感じられません。



サドカイ派は御使いも復活も信じません。

それらを信じるパリサイ派へ議論を仕掛ける

時に彼らはこの質問を用い、本当に

復活があるならおかしなことになるでしょう?

そう言いたいだけなのです。

死んだら終わり。それはサドカイ派の

世俗的な生き方に表れていました。



 主イエスはそれに対して本質を突いて

答えられます。

1・あなたがたは聖書も神の力も知らない。

彼らは祭司階級ですから知らないはずは

ないのです。しかし律法運用のための

「教科書」として知っているだけで、

自分たちを正し、養い慰め救う

「生ける神の言葉」としては知らなかった

のです。

御言葉を通して聖霊が働いて下さり、

神と出会う体験をする。救われる。

それが聖書を、神の力を知ることです。



2・「わたしはアブラハムの神、イサクの神、

ヤコブの神である。」

 復活の根拠として主イエスは、モーセに

初めて神がご自身をあらわされた御言葉を

あげました。

ここに復活の希望が語られているとは

私たちには考えも及びません。

御言葉はどこまで深いのでしょうか!



 これは現在形で語られています。

そうであるなら彼らは今も生きているのです。

死は終わりではない。復活の日を待っているだけです。



 しかも主なる神は、十把一絡げに

「アブラハム一族の神」とは言われません。

ひとり1人の名を呼び、わたしはあなたの神だ、

と言って下さるのです。



 復活は地上人生の延長ではありません。

もはや年齢は関係なく、めとることも嫁ぐ

こともない。み使いのようになり、

神と人が顔と顔をあわせて住むのです。



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