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2017年5月14日礼拝メッセージ

5月14日(日)の礼拝メッセージ断片 



『いちばん大切ないましめ』



              マタイ22:34-46

               山口紀子牧師



 神様は私たち人間が幸せに生きるために

ルール(律法)を与えて下さいました。

ではその中で何が一番大切か、パリサイ派の

律法学者が主イエスを試そうとして質問します。



 「試そうとした」ということは、彼はすでに

答えをもっていたし、この答えを予想していた

はずです。

ある牧師いわく、恐らく彼は「全身全霊をもって

神を愛せよ」というなら、なぜ異邦人である

ローマの支配下に甘んじているのか?と

言いたいのだ、というのです。



 ところが主イエスの答えはそれで終わり

ませんでした。第2も同様であるとして

「隣人を愛せよ」と言われたのです。



 これはパリサイ人の一番痛い所を突く

答えでした。彼らは律法遵守の自分たちを

誇り、民衆を軽蔑していたからです。



 ところで主イエスは2つの答えを

したのでしょうか。否、2つの戒めは1つです。

神を愛することを1番に求めた時に、実は

矢は人を愛するという的のど真ん中も

射ることになるのです。



「愛は律法を完成」します(ロマ13:10)。



 ヨハネも「現に見ている兄弟を愛さない者は、

目に見えない神を愛することはできない」

(Ⅰヨハネ4:20-21)と言います。



 これは「好きになれ」と言っているのでは

ありません。好き嫌いは感情ですが、

愛は意志です。

私はこの人を愛します、と決めるのです。



 さて、マルコの記録ではこの学者は

試みる者ではなく真理を探究する者として

登場します。

 そんな彼に主は「あなたは神の国から遠くない」と

言われました。

 しかし「神の国にいる」とは言われませんでした。

彼は律法の真髄を正しく理解したかもしれません。

しかしそこで従いはしませんでした。

神の国に入るのは、信じ、従う者なのです。

 

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