Welcome to my blog

2012年2月12日 礼拝メッセージ

「ゲッセマネの祈り」

マルコ14:32-42

山口伝道師



 1・主イエスは恐れおののいて悩み、苦しまれた。



 ルカは、主は苦しみもだえ、

その汗が血のしたたりのように地に落ちた、

と描写します(ルカ22:44)。

「どうかこの杯(十字架)を私から取りのけて下さい。」

と主は祈られました。

この方は真の神であると同時に真の人でした。

私達と同じ弱さを知る方です。

父なる神のご計画が成る事を望みながらも、

できれば別の方法で実現する事を願うのです。

この主の、死との闘いは、救い主として

全ての人の罪と死の苦しみを負われた

苦しみの闘いでした。

一方で「しかし、わたしの思いではなく、

みこころのままに」と祈られる。

父なる神への全き従順がここにあります。



2・弟子たちの無理解と無力



 共に目を覚まして祈る事を願った主でしたが、

彼らは寝入ってしまいました。

主の絶対的な孤独がここにあります。

弟子達はどこまでも無力でした。

天下分け目はこのゲッセマネ。

主イエスは今や静かに十字架への道を進みます。

しかし弟子たちは散らされました。

この祈りの闘いで、決着はついたとも言えます。

主イエスに倣う者とさせていただきましょう。

同じ闘いはとても闘えません。

しかし私達は勝利者である

キリストの執成しの中で祈れるのです。

神にはなんでもできる!

深い信頼のもと、大胆に願い求めましょう。

その中で祈りは練られ「しかし御心がなりますように」

と明け渡す祈りに導かれます。

 

Comments 0