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2012年2月26日 礼拝メッセージ

「ひとり子を与えるほどの愛」



山口紀子伝道師



 神を信じるとは、神との人格的関係を回復することです。

それは親子と同じで、日常を共に過ごす関係、

喜びも悩みも打ち明ける関係です。

そして親である神は私達に訓練や教訓も与えます。

それは私達を他人ではなく、大切な子として扱うゆえです(ヘブル12:5-6)。



 1・神様は試みを通して私達の信仰を練り上げる方です。

アブラハムは独り子イサクをささげよとの試みにより、

全てを神に明け渡し、従う信仰へと引き上げられました。



 しかし彼にしても、いきなりこのような大きな試練が

与えられたわけではありません。

それまでの信仰生涯を経ての、試みでした。

神様は耐えられない試練は与えないと

約束して下さっています(Ⅰコリント13:10)。

試みは信仰の飛躍の時です。



 2・試みられる神は、備えて下さる神です。

「主の山に備えあり」。

備えとは元々「見る」という意味です。

神様は見ておられる。

配慮し、備えて下さる方です。



 3・最も大きな「備え」はキリストの十字架による贖い。

父なる神は、その独り子イエス・キリストを

いけにえの子羊として、十字架上でささげて下さいました。独り子を惜しまずささげて下さったのは、

実に神ご自身だったのです。

「神はそのひとり子を賜ったほどに、

この世を愛してくださった。

それは御子を信じるものが、ひとりも滅びないで、

永遠の命を得るためである。」(ヨハネ3:16)

すでに救いは完成しました。それは私のためです、

と信じる決心はあなたに委ねられています。





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