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2012年6月17日礼拝メッセージ

「神癒―十字架によって癒される」

箇所マタイ8:14-17

山口紀子伝道師


 四重の福音は「救い」であり「変化」です。

神癒とは文字通り神が肉体を癒して下さるという、

身体の救いであり変化と言えます。

神様は私達の魂の主であるだけでなく、

身体の主でもあるのです。

医療や薬剤は要らないという意味ではありません。

神様はそれらも用いられるし、用いない場合もある。

その主権は神にあります。



 ただ、癒しだけが切り離されて、

癒されるか否かで神の存在や力を計るのは間違っています。

 ペテロの姑の癒しは共観福音書

(マタイ・マルコ・ルカ)が記しますが、

マタイはこの癒しとイザヤ書の預言を結びつけました。

引用はイザヤ書53章4節

「われわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。」です。

ここは「苦難の僕の歌」と呼ばれ、

キリストの十字架の出来事がうたわれています。

つまりキリストが十字架に架かる事で、

私達の病を身代わりに負って下さったから、癒されたのです。

十字架と罪の赦しが、癒しの根拠であることを忘れてはいけません。

 ところで、ではどうして癒されない病いが現実にあるのでしょうか。

中田重治は、神癒自体が目的ではなく、

癒しを通して神様の素晴らしさが現され、

神が神として崇められる事こそ神癒の目的だと語っています。

癒されなくても神の栄光が現される場合もあるのです。

 そして、神癒の本当の完成は、再臨の時です。

 

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