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2012年10月21日 礼拝メッセージ

「主の憐みにより神のものとされる」

ローマ12:1-2

野々川康弘神学生


 ローマ12:1~2節の中で、

1.自分の体を神に献げよ

2.世に妥協せず、心を新たにせよ 

3.神の御心が何かわきまえよ



という勧めがなされています。

これらの勧めは、ローマ12:1を見ると、

「神のあわれみによってあなたがたに勧める」

となっています。

つまり、神の憐れみという言葉の意味が解らなければ、

これらの勧めの実行は不可能なのです。



1.「自分の体を神に献げよ」という意味は、

「行い」ではなく、私達「自身」を捧げよという意味です。

つまり、神の家族とされよという勧めこそが、

「体を神に捧げよ」という勧めなのです。



2.「世に妥協せず、心を新たにせよ」という意味は、

古いものの見方・考え方を捨て、

聖書における新しい基準を身につけ、

御言葉に聴き従う事によって、

知性や理性が変えられ、

分別が与えられることの恵みに預かること、

つまり、考え方のフレームワークを神に変えて頂くこと

(神の御心をわきまえること)が大切なのです。

それは、自分の感情をねじ曲げる事を意味しません。



3.「神の御心が何かわきまえよ」という意味は、

Ⅰ列王記3:7-9で、ダビデ王の息子のソロモンは

若き日に王位につき、主なる神に

「聞き分ける心を与えて下さい。

善悪をわきまえることを得させて下さい。」

と分別を求めました。

そのように私達も

「善悪をわきまえる分別を与えて下さい」

と主イエスに祈り求めることが大切なのです。

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